「雇用契約書なし」の会社はこんなに危険!本当にあったトラブル5選
雇用契約書や労働条件通知書などの書面で、労働者に雇用条件を通知するのは会社の義務。「これすら守らない会社は危ない」と労働問題に詳しい弁護士の鈴木悠太さんは言います。
雇用契約書や労働条件通知書がないことでどんなトラブルが起きているのか、実際の事例を聞きました。
事例1 固定残業代について説明しない会社
解説|残業代は最もトラブルが起こりやすい
鈴木悠太さん(以下、鈴木):労働条件の書面通知がない場合、最もトラブルになりやすいのが「残業代」です。残業代については、労働者側も就業前に確認しないケースが多く、残業代に関する労働条件が書面として何も残っていない場合、労働者が泣き寝入りする事例が多く発生しています。
中でも、固定残業代は特にトラブルの原因になりやすいと言えます。
固定残業代は「○○時間残業したとみなして支払われる」もので、あらかじめ毎月支払われる固定給の中に含まれている残業代です。みなしの残業時間を超えて残業が発生した場合、会社は追加の残業代を支払わなければならず、Aさんの上司が言ったような「定額働かせ放題の制度」ではありません。

しかも、Aさんの場合、固定残業代といっても、残業代はいくらなのか、何時間分の固定残業代なのかが明記されていませんでした。こうしたケースでは固定残業代は無効とされる可能性があります。
Aさんのケースでは、あきらめずに弁護士に助けを求めた結果、なんとか一定の残業代を支払ってもらうことができました。
私たち弁護士が「固定残業代の定義があいまいだったこと」「就業規則を労働者に見せるタイミングが遅すぎたこと」などを厳しく追及したことで、会社側も残業代を支払わざるを得ないと判断したようです。
事例2 支給されない賞与を含んだ「見込み年収」の罠
解説|賞与のトラブルは労働者の主張が通りにくい
鈴木:賞与については労働条件通知書に記載がある場合でも、しばしばトラブルが起こります。たとえば「毎年6月と12月の2回、基本給の2カ月分を支給する」と支給額まで明記されていれば問題ないのですが、ほとんどの場合は「年に2回、6月と12月に支給する」といった程度にしか書かれていません。
賞与は業績に応じて支払う会社が多く、その金額は使用者(会社)の裁量に任されていて、労働者側の言い分が通りにくいと言えます。Bさんのケースでは、証拠がないため会社が賞与や見込み年収についてどのように説明したのか証明することができません。
いずれにしても、採用が決まって働き始める前に給与などの労働条件を書面で確認しておくことが大切です。
事例3 正確な労働条件を明示しなかった会社に慰謝料を請求
解説|裁判で慰謝料の支払いが命じられたケース
鈴木:Eさんの立場からすれば、Y社が求人広告で謳った労働条件は実際の労働条件と異なるものでした。Y社は労働条件の明示義務に違反したのだから、求人広告で謳った分の給与と慰謝料を支払ってほしいと訴えたわけです。

この裁判は、企業の労働条件明示義務違反が実際の裁判でどう判断されるか、多くの法曹関係者の注目を集めました。
判決は、差額分の給与支払い請求については棄却したものの、「Y社は労働条件の明示義務に違反しており、雇用契約締結時における信義誠実の原則に反するという不法行為が成立するため、Eさんに慰謝料100万円を支払え」というものでした。
この裁判は、「使用者が正確な労働条件を明示しなかったことで労働者に不利益が発生した場合、使用者は労働者に対して慰謝料を支払う」ことの先例となりました。
事例4 コロナ禍で休業させた従業員を補償しない飲食店
鈴木:この後に紹介する2つの事例は、ややイレギュラーなものですが、労働条件について書面に明示しておくことの重要性がよくわかるケースと言えます。トラブルを未然に防ぎ、ご自身の身を守るためにも知っておいてください。
解説|シフト制はトラブルが発生しやすい勤務体系
鈴木:2020年春以降、飲食業界はコロナ禍で大打撃を受け、飲食店の雇用状況は急速に悪化しました。そのため、Cさんのように今まで通り働けなくなって生活に困窮する人が続出、ニュースなどでも大きく取り上げられました。
シフト制は雇用契約書や労働条件通知書に就業時間を明記しにくいため、もともと労働トラブルが発生しやすい勤務体系と言えます。ましてやCさんの場合、正式な雇用契約書や労働条件通知書を受け取っていないため、「週4日勤務する権利がある=週4日分の給与を受け取る権利がある」ことを会社側に認めさせにくいのです。
Cさんの場合は、過去数カ月にわたって週4日ペースで働いていた記録が残っていたので、その数字をベースに弁護士が会社側と交渉し、平均賃金の6割にあたる休業手当を受け取ることができました。
事例5 激務でうつ病になったのに雇用関係さえ認めない会社
解説|労基署も「雇用関係が成立していない」と判断
鈴木:Dさんが発症したうつ病は、明らかにZ社での苛酷な労働が引き金になっています。そのためDさんは、労基署に労災申請をしましたが、労基署は労災だと認めませんでした。
DさんはZ社から雇用契約書も労働条件通知書も受け取っておらず、何より、DさんとZ社の間では就業時間や賃金などの取り決めもまったくなされていなかったため、「そもそも雇用契約自体が成立していない」と判断されたのです。
Dさんのケースは、就業前に「雇用契約の成立」と「労働条件」を確認することがいかに大切かを、改めて示すものになりました。
労働条件を書面通知しない会社は避けるべき
鈴木:労働条件の書面通知は会社の義務であり、労務管理の「基本のキ」です。これすら守らない会社は、労務管理がきわめて杜撰で、いわゆるブラック企業の可能性さえあるでしょう。
入社する前に労働条件の書面通知があるか必ず確認しましょう。もし書面通知してもらえない場合には、入社を辞退するのが賢明な選択といえます。
すでに働き始めてしまっている場合は、すぐに労働条件を書面で明示してくれるよう会社に求めましょう。もし、会社に対応してもらえそうにない場合は、労働条件に関する何らかの証拠を残しておきましょう。
たとえば、ICレコーダーで「労働条件に関する約束」を録音しておく、メールで労働条件について問い合わせて、その記録を残しておくといった方法が考えられます。将来的なトラブルを回避するために、面接などの内容を個人的に録音しておくことは問題になりません。
もし会社とトラブルになった場合には、個人加盟の労働組合や労働者側の弁護士など、労働問題の専門家に相談しましょう。
※参考→雇用契約書・労働条件通知書の意味(雇用契約書等が示されなかったら)|Blog「弁護士が教える分かりやすい労働法!」(鈴木悠太)
取材・文/盛田栄一

一橋大学卒業、一橋大学院法学研究科修了。人の人生に寄り添う仕事がしたいという思いから弁護士を志す。ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、医療問題弁護団幹事などを歴任。年間100件近くの労働事件を扱う労働問題のプロフェッショナル。
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